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2007年6月

思いっきり頬をつままれた感じ

 そろそろ時効らしい……。

 昨日、久しぶりに大学の講義に出て、
日本社会で働いている方のお話を
伺った。
 そのあと、講師の方とゼミの学生たちと
色々話をしていて、1年間の穴の大きさに
気付いた。
 思いっきり頬をつままれた感じだった。

 イギリスの生活は、決して無駄では
なかったけれども、自分の中の別の部分と
いうか、日本ではあまり受け入れられない
部分が育っていった。
 肥料が違えば、花も違う育ち方をするもので
ある。
 もちろん、その中には日本でも活かせる
ものもあるのだけれども。

 元々、私は集団行動やみんなのために、
という考えや風潮が合わなかったため、
日本でははぐれ者や風変わりな者、として
扱われることが多かった。
 それが、単体の自由な場所に行ってうまく
適応し、慣れてしまっていたので、その気分で
また合わない場所に戻ってきていた。

 そろそろ、また合わないところに合わせる
ようにしないといけないらしい。
それが運命の定めというものでもあり、生きていく
上で必然なものでもあるようだ。

 スイッチを切り替えて、しばらくは日本型で
生活していきましょう。
そして、ふとしたときにまたスイッチを入れ替えて
息抜きでもするかな。
 そのスイッチが真ん中で止まっているかも
しれないけれどねぇ…。

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支払いは全て清算なり

 昨日の午前中やっとイギリスから送った
荷物が届いた。
家の中に持ち込むのにも一苦労。
 単位換算に必要な本を多く送ったので、
かなりの重さだった。

 1箱50ポンドのダンボールが4箱、
計83,000円である。
 高い!この額は私の貯金から払った。
そろそろバイトしないともうすぐ破産だ。

 でも、これでイギリスからの支払いは全て
清算なり。
昨日為替レートを見てみると、
ユーロは166円、ポンドは247円だった。

 しばらく超インフレのヨーロッパ圏には
行けないな。
といっても、まだ資金がないので無理なの
だけれども……。

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1年に1度の幻想的な光景

 今日、6月21日はイギリスにおいて一年で
一番長い日であった。
要するに、「夏至」だったということ。

 イギリスは夏至の日になると、注目される
場所がある。
それは、Stone Henge(ストーンヘンジ)。
 私は、6月3日にSalisbury(ソールスベリ)
からバスに乗ってここまで足を運んだ。

 ウィルトシャー州に位置し、
先史時代に馬蹄形に組み立てられた
巨大石群が私の目の前に聳え立つ。

Bathstonhenge0306_026_1 Bathstonhenge0306_034














  紀元前3000-1600年の間に建てられた
ストーンヘンジ。
誰が建てたのか、目的は何なのか、
正確にその謎を知る人は誰もいない。

 この石群がもたらす独特な雰囲気を
感じるために、
私もしばし目を閉じてみた。

 静寂の中に聞こえる鼓動。
これが、古代ケルト社会のドルイト僧に
崇拝され賛美されていたのだと思うと
私がストーンヘンジを目にした事実は
尊く重かった。

 夏至の日は、
日の出が4.50am、日の入りが9.20pm。
太陽はヒールストーンの付近から昇り、
太陽の最初の光線は石群の中心にある
石に直接あたるという。

 今朝、1年に1度の幻想的な光景が
お目見えした。

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事前の打ち合わせなしに

弟の起こした行動に笑いが出た。

 私は弟が2人いる。
 1人は大学3年だけれども、友達と遊ぶのが
生き甲斐で、今は岡山の大学にいる。
 もう1人は福岡の早良区にある私立高校に通う
2年生で、性格は私と似ている。

 ある日、大学生の弟が実家に電話を
かけてきた。

「もしもし、オレ、オレオレ!」

受話器をとった母は、挙動不審になる。

「え?誰ね?こうくん(弟の呼び名)ね?」

「そうそう、オレオレ!
バイクが壊れたけん修理するために
お金ば振り込んでくれん?」

と弟が言う。さらに母は、まだ信用できないようで

「ほんとにこうくんね?」

 と尋ねる。そして、冗談を楽しんだ弟は、やっと
素性を明かした。
もちろん、バイクの話は口からでまかせ。
 我が親にオレオレ詐欺まがいのことをするとは
ユーモアがあるというか機知に富むというか…
電話番号が違えば本当にオレオレ詐欺である。

 そして今度は中学生の弟、光が同じことを
またやった。
2人は事前の打ち合わせなしに、である。

「もしもし、オレオレ」

「誰ね?」

「オレたい、オレ」

「ひかるね?」

「そう、空港まで迎えに来てくれ~ん?」

 という会話。
でも、母は弟が自分の名前を挙げる前に
光と名前を言ってしまった。
2回のオレオレ電話に対して、2度も。

 この話は全て、留学中にあったことなので、
私は詳しいことは分からない。

 この電話にヒヤッとしたが、おかげで
オレオレ詐欺の巧みな騙しが母には
分かったという。
不安な心理状態にさせて、相手に口を開かせる
という巧妙さ。
あれは引っかかる、と言っていた。

 家族だからといって、携帯だけで連絡を取り合う
ことはない。
そこが2人とも家の固定電話に掛けてきた
ということから、例外もあるのだよ、とも
学んだみたいだ。

 弟2人は、いたずら半分でやったのだろう
けれども、母にはいい教訓になったでしょう。
いつか私もやってみようか…企み中(笑)

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荷物が入国できない

 未だにリーズの夢を見ている。
よく行ってた本屋のある道路の場面。
あー懐かしいなぁ、なんて夢心地に浸って
いたら親から起こされた。

 昼過ぎの1時半。

 イギリスから荷物を送ったヤマト運輸の
成田空港支店の人から電話。
 話を聞くと、
「別送品を送り、成田、中部、関空以外の空港に
到着した人は、税関申告書を成田のヤマトまで
送ってもらわないと、荷物が入国できないので、
早くその書類を送って欲しい」
ということらしい。

 2007年6月10日から、
日本入国の日本人は税関申請書という紙を
記入し、税関に提出するように義務付けられた
のである。

 酒類は○本、香水○本など細かに記入する
ようになったのだけれども、福岡空港での税関は
甘かった。
正直、ウソをついて申請すればすぐに通れるの
では…?と思った。

 私は、きちんと正直に酒類2本と、
別送品の航空便4箱があると告げた。
 税関員からは、
「ヤマトから荷物が送ってくるまで紙を保管して
いてください」と言われ、
税関申告書をそのままにしていた。

 けれども、電話がかかってきて、
改めてヤマトの引越し説明書を見てみると、
 ・ 学生ビザ(Entry Clearance UK)
 ・ 日本出国と入国のスタンプのあるページ
 ・ パスポート番号のあるページ
この3点のコピーを添付して一緒に送るように
記されていた。
 もし荷物が到着して10日以上かかると、
保管料が発生するとも書いてある。

 あわてて書類を“翌朝10時便”で送った。
税関申告書に馴染みがなかっただけに、
全くの盲点であり、
危うくまたチャージを取られるところだった。

 あさってにはダンボール4箱が到着する
予定。
また大変な片付けが始まるのです。

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Reverse Culture Shockではないけれども

 Reverse Culture Shock (反カルチャーショック)
ではないけれども、
日本に帰ってきてびっくりすることが結構ある。
今回はそのうちの2点を挙げる。

 まずは、食事。

 福岡空港近くに新しく出来た(私が脱国する前には
なかった)うどんや「小麦冶(こむぎや)」に行った。
肉うどんが280円。安くてうまい!

 イギリスだったら昼を食べるのだけでも、
5ポンドはかかるのに~なんて思いながら、
日本の食の恩恵を享受した。

 それから、バス。

 イギリスのバスは手を挙げないと止まって
くれない。 
たとえ、手を挙げても素通りすることも幾度も
ある。
 けれども、日本のバス(福岡の西鉄バス)は、
乗客がいなくてもご丁寧に各バス停に止まる。
正直、ありがた迷惑だ。

 久しぶりにバスに乗るとき、癖で手を挙げて
バスを止めそうになった。
別にそうしてもいい、そうしたほうがバスが
本当に止まってくれる確証があって心配いらない
のだけれども、敢えて挙げなかった。

 バスはちゃんと止まった。やっぱり。
さらに、これも癖で前から乗りそうになった。
日本(福岡)は真ん中から乗車だったことを1年で
忘れるとは…。
 機械化が発達している国は、バスの運転手に
行き先を告げてチケットを買い、
おつりをもらう必要なんて無い。

 すごいなーと、改めて感心しつつも
無駄の多いところは何とか省けないものか、
過剰サービスを見てあれこれ杞憂してしまった。

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帰ってきてからも大忙し

 無事に交換留学を終えて帰って来た今、
日本の大好きな事務手続きが山のように
たまっていた。

 まずは、国際センターに帰国報告をし、
留学の報告書を提出。
7月31日期限の書類だったけれども、
私の嫌いな新しい事務員のNさんに有無を
言わせないため、即提出した。

 それから、
学生課にて学生証の再発行、
厚生課で奨学金の返済猶予手続き、
商学部事務室で後期科目の登録など。

 どこの事務室に行っても、名前を言っただけで
すぐに通るのにはびっくりした。
約2万人居る学生の中の1人だけれども、
留学をしたというだけで名前を覚えてもらっている。
有る意味では、名前だけで通じるとすごく楽。

 一日中眠くだるいという、
なかなか打ち勝てない時差ぼけも、
そろそろ直りつつあるらしい。
 今週から本格的に学校復帰、
そして来週からは就活再開なり。

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ひとまず、ブログで

パソコンも私と同じで時差ボケのよう。

 というのはもちろん冗談で、
家のネットワークゲートが見つからないため、
メールサイトが開けません。

 帰国の返事をしようと思ってもサイトが開かない
ことには太刀打ちできないので、報告はもう少し
お待ちくださいませ。
今晩で何とか修復させる予定です。

 ひとまず、ブログで帰国の報告まで。

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宝石箱のお出迎え

 小雨の降る夜、100万ドルの夜景が私を
迎えてくれた。

 飛行機がランディングにさしかかり機内灯が消えると、
「福岡って宝石箱みたい!」
という子供の声が聞こえてきた。

 その声につられて、皆一斉に窓のほうに
目をやる。そして、感嘆の声が聞こえた。
 読書灯をつけて本を読んでいた私も、
あわてて明かりを消し、窓から外を覗いてみた。

 今までこんなに綺麗な夜景は見たことのない
くらい、今夜の福岡のそれは透き通っていて、
時間の流れが一瞬止まったようだった。

 赤、青、オレンジなどの多彩な色の光が街全体を
覆っている。
 今では数が少なくなった、国内線前の電気広告も
宝石箱の中に輝きを灯していた。

 香港の夜景も綺麗だけれども、この宝石の絨毯は
それ以上に素敵な雰囲気をかもしだしていた。

 早送りされた時間の波にのって、
羅針盤を持たずにこれから大海原へと繰り出していく。
 その出発点として、今夜は
最高の贈り物を与えてもらった気がした。

 帆を張り舵をとり、さあ出航だ!

でも、ひどい時差ボケ……。

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6月12日(火)キャセイのチェックイン@ヒースロー空港

日記を転記してみました。
長文ですので、あしからず。 

 機内泊。帰国日です。

 朝は10時チェックアウト。
今日は、大英博物館へと向かう。
最初はバスで行こうと思ったけれども、
Oxford Circusまで歩いてみると、Holborn(博物館近くの駅)には
Tube(地下鉄)で行けないことに気づいた。
 仕方なく、近くのバス停を探してみたが…ない!
 重さ25キロのスーツケースをひきながら、
結局Picadillyまで歩いて来てしまった。

 ここからTube(地下鉄)に乗ってHolborn駅まで。
駅から博物館がこれまた遠いのだ!
汗がダラダラ出て、少し歩いただけでもスーツケースを
持つ手が痛くて止まってしまった。
あーこれは重すぎる~。
もう限界なので、進路を変えることにした。
 時間は早いけどヒースローへ。

と思ったが、なかなかタクシーが通らない!

 20分待ってやっと捕まえ、「Victoria Stationまで」と告げると、
運転手がスーツケースを見て察したらしい。
 「どこのターミナル?空港?」と聞いてきたのだ。
私が「ヒースローだよ」と私が答えると、
それなら「Paddington駅がいい!」とおじさんが教えてくれた。
 なぜか詳しく聞いてみると、
Paddington駅から“Heathrow Express”というのが出ていて、
たったの15分で着くらしい。すばらしい、おじさん!

 というわけで、Paddington駅へ。
空港行きのチケットを自動発券機で
『Young Persons Rail Card割引』にして買ったのはいいものの、
肝心のカードをどこにしまったのか忘れてしまった
(それを車内で見せないと罰金になるのだ)!
あわててトイレへ行き、スーツケースを空けて探しまくった…
あれやこれや…あるやなしや…
おっ、見つけた!!

あぁ、良かったー…が、疲れたー…。

 私が乗るのは午後7時発の飛行機だった。
4時半には、ヒースローへつき、TAX Free(免税)の申請をした。
戻ってくるのは、£7.50と少ないけれども、
もらえるものはもらわないと勿体ない。

最後の関門のチェックインカウンターへと行き、
荷物を預けた。

 ヒースローでは何かと問題が起こる。そんな不安は的中した!
重量オーバーのため、荷物を預かれないと
アラビア系のグランドスタッフ(男)が言う。
私のスーツケースは29キロ、リュックは7キロ、
計36キロだった。
キャセイの規定では32キロまでだから、
「4キロ減らすか、超過金£164払え」という。
 
横暴な態度に腹がたった!

 アシアナで一度ヒースローを出たときは、
45キロの15キロオーバーで超過金が£100だった。
この差は何たることか!
 私は、スーツケースの中身を2キロ分リュックの方に移した。
ところが、リュックの機内持ち込みの荷物まで測るように、
と男が催促する。
「リュックが9キロだから、ダメだ。
機内持ち込みは7キロまで。上のセキュリティチェックでも
ちゃんと測るからウソはつけない。減らせ。」
とまた言ってきた。
そんなことあるもんか!

 このアラブ人のグランドスタッフと激論をした。
どこにそんなことが書いてあったのか、
他の航空会社は機内持ち込みの制限などないのに、
なぜそこまでするのか……。
 途中、「こいつは話が分からない」と言われ、
日本人のグランドスタッフまで連れてこられた。
けど、彼女もやはり固持していた。
 あーむっちゃ悔しかった。

 気がつけば、搭乗まであと50分。
もう減らすしか方法はなかった。
フランスで買ったワイン2本。
うち、1本はシリアルナンバー入り。
それに、ずっと使っていた鞄。
 怒りと悔いが交錯する中、
目に涙を浮かべてカウンターを後にした。

 そしてセキュリティチェックのところへ行った、
が…すんなり通過。
荷物の重量チェックなどなく、あっけなかった。
ここでもまたやりきれなさが残り、
二度とキャセイは使うものかと決めた。
そして、靴を脱いで赤外線チェック。
 走って搭乗口へと行き、何とか間に合った。

 ほっとしたのも束の間。
アラブ人のグランドスタッフの仕掛けは
最後まで残っていた。
Aisle side(通路側)と何度も言っていたのに、
機内へ乗り込むとそのシートはWindow side(窓側)だった。
ここまでやってくれるとは…
ふぅー…あきれ果てた。

 14時間後、香港で乗り換え。
なんとまたセキュリティチェックがあった。
もし、ヒースローの免税店でお酒でも買っていたとしよう。
香港の乗り換えでも、
100ml以上の液体、化粧品は持ち込めないようになって
いるから、そのお酒は破棄となっていただろう。
これから気をつけなければね。

 香港から台湾へ、また乗り換えて福岡へ。
8.45pmに到着。
税関申告書という紙が2007年6月10日から
義務づけられたらしく、さくさくと書いてきた。
ヤマト運輸の荷物受け取りの際に必要だから
そのままキープ。

 それにしても、帰りの機内からみた
Fukuokaの夜景はすごくきれいだった。
機内にいた子供が、「福岡って宝石箱みたい」という声を聞き、
私もあわてて読書灯を消して見た。
後ろにいた人も、「100万㌦の夜景やね」と言っていた。
本当にそうだなーと思いながら、
自分の街に帰って来たことに感動した。

 長いフライト、私の留学も着陸と同時に
ピリオドを打った。
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6月11日(月)NatWestに足止め2時間

日記を転記しています。やや長文です!

 ウェストミンスター大学のAccomodation(寮)に泊まった。

 朝9時起床。10時に寮を出て、
近くのNatWest Lambath North branchへ行く。
Bank Account(キャッシュカード)のClosing(破棄)なんだけど、
これがすごく大変だった。

 本来なら、5分もかからず破棄されるキャッシュカードが、
閉めるまでに約2時間。
いつの間にか勝手に作らされていた
クレジットカードが原因だった。
クレジットのcard protection(カード保護)が月々支払い
請求されていたらしいが、
私がそれを払っていなかったから£38×3ヶ月分が
罰金としてチャージされていたという。
ひどい!!

 使ってもいないカードのために、
罰金を払ってキャッシュカードを閉めるのは
あまりにも不条理。
何とか支払いをしなくて済むよう、銀行員に訴えた。
すると、クレジットカード会社に電話して、
recover(損失回復)をする旨を伝えればOKだという。
他に選択肢はなかった。

 ところが、異国の地で、電話でのやりとりほど
難しいものはない。
ましてや銀行の専門用語が飛び交う中で。
そのrecoverのための電話を10回以上、
色んなところにつなぎまくった。
途中、諦めて全額払おうかと思ったが、
Kenny MohammadというBanker(銀行員)がやさしく
応援してくれたおかげで2時間後に解決することができた。
感謝で一杯だった。

 銀行を一歩出た途端、緊張の糸が切れたように
力が抜け、涙が出た。
この銀行員は、私は一生忘れることのできない人となった。

 それから、バスにのってPiccadilly Circusへ。
バースデーカードを買い、Covent Gardenでショッピング。
夕方からはNational Galleryへ。
印象派のブースは改装のために閉まっていた…ショック。

 Picadillyへ戻る途中、ODEON Theatreの前に人だかり。
気になって、友達のKちゃんを呼び、しばらく待ってみた。
それは、Shrek 3のプレミアだった。
…と、突然車からキャメロンディアス、ジャスティン、
アントニオなどの名俳優が続々登場。
しかもキャメロンは手が届く位置にやってきた。
ひゃーハリウッドスターは実際にみると綺麗だった!

 時間になったので、イギリス生活ラストを閉める
「MAMMA MIA!」のPrince of Wales Theatreへ。
すごく面白かった!
最後はクラブのようにイギリス人をはじめ、
皆で踊って終わった。
West Endのミュージカルは最高!
そして、ロンドン最後の夜も最高に幕を閉じたのでした。
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FAREWELL!

 ついにあと1時間でリーズともおさらば。
最初は大嫌いだったけど、住めば都。次第に
愛着が湧いてくるのは不思議なものだ。

そして、今日から一人で長旅に出かける。

 カーディフ、バース、ソールスべリ、ロンドン、
パリ、モンサンミシェル、ロンドンという経路で、
12日間放浪してくる予定。

 この旅は終わりではなく、新しい人生への
始まり。

 これから自分が跡を残していく道へ向けて、
FAREWELL!

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